賃貸のベランダでも、猫の脱走対策はできる。条件は三つで、管理会社に確認してそのやり取りを書面で残すこと、壁やサッシに穴を開けず退去時に跡が残りにくい固定を選ぶこと、そして避難経路と避難ハッチを塞がない形にすることだ。この三つを外すと、脱走を防ぐより先に、退去時の原状回復で話がこじれる。

私が最初にやったのは、ネットを買うことではなかった。ベランダに出て、手すりを握り、壁を手のひらで押さえ、床にしゃがんで排水口をのぞいた。それから冷蔵庫に貼ってある磁石を取ってきて、手すりに当ててみた。くっつかなかった。うちの手すりはアルミで、マグネットフックは使えないと、その一分でわかった。
同じことを、ネットの商品ページを開く前にやっておくといい。ベランダの材質を確かめるだけで、選べる固定方法の半分は決まってしまう。
ベランダは自分の部屋ではない、という前提
ここで多くの人がつまずく。賃貸マンションでは、ベランダは専有部分ではなく、共用部分に専用使用権がついた形とされていることが多い。部屋の中に棚を置くのと同じ感覚でネットを張ると、話がずれる。管理会社や管理組合のルールが別にかかってくる。
戸建ての賃貸なら話は違うこともあるし、アパートの一室ならまた違う。いずれにせよ、契約書にペット可と書いてあることと、ベランダに何かを設置してよいかは別の項目だ。ペット可だから大丈夫、にはならない。
聞き方で返事が変わる
「ベランダに猫よけのネットを張りたいのですが」とだけ電話で聞くと、返ってくるのはだいたい「前例がないので、なんとも言えません」になる。相手も判断の材料を持っていないからだ。
私はベランダを三方向から撮った写真と、簡単な手書きの図をメールで送った。突っ張り式の支柱を使うこと、壁に穴は開けないこと、避難ハッチと隣との隔て板の前は空けておくこと、退去時には全部外して元に戻すこと。この条件を文章にして、写真に添えた。返事は「退去時に原状回復できるのであれば」という趣旨だった。
そこで終わらせない。電話や対面で聞いた内容は、あとで残らない。私は「先日お電話で伺った内容ですが、念のため文章で確認させてください」と送り、その返信をそのまま保存している。この一通があるだけで、退去の立ち会いの空気がまるで違う。
跡が残るのは、網ではなく固定した場所
網そのものは跡を残さない。残るのは、固定した点だ。
突っ張り棒は、ゴムキャップが当たった場所に黒い輪を残す。アルミサッシや塗装面に何年も当たり続けると、夏の熱でゴムが柔らかくなり、冬に縮み、を繰り返して輪が定着する。対策は単純で、当て布を挟むことと、季節ごとに一度緩めて位置を数センチずらすこと。同じ場所が連続して圧迫されなければ、輪はだいたい消える。
粘着フックは質が悪い。剥がすときに塗膜ごと持っていく。ドライヤーで温めてゆっくり、が基本だが、数年貼ったものはそれでも危ない。養生テープを下に貼る手もあるが、養生テープの糊も残る。
ここで私は一つの原則を置いている。糊は落とせるが、剥がれた塗膜は戻らない。だから、塗装や塩ビをめくる固定を最優先で避ける。多少の糊残りはアルコールで落ちることが多いので、そちらを選ぶ。
結束バンドは、手すりに巻くだけなら跡が残らない。ただし屋外では紫外線で劣化する。普通のものは数年で、触ると崩れる感触になる。耐候性と書いてあるものを選ぶ。切るときは手すりとの間に厚紙を挟んで、刃を手すりに当てない。
マグネットフックは、スチール製の手すりなら最良の選択になる。アルミなら無理。最初に磁石を当てたのは、これを確かめるためだった。
避難ハッチと隔て板を塞がない
ここを落とす人が多い。バルコニーは避難経路として設計されている。床の避難ハッチの上にプランターを置いたり、ネットを掛けたりすると、いざというときに使えない。隣との境の隔て板は、蹴破って隣へ逃げる前提の板だ。その前にネットを張れば、逃げ道を自分で塞ぐことになる。
私はネットを張ったあと、室内から外へ出るまで何秒かかるかを実際に試した。出入口の部分だけは結束バンドを使わず、内側からワンタッチで外れる形にしてある。猫を守るための網が、人間の逃げ道を塞いだら本末転倒だ。
猫は網の強度より、継ぎ目から出る
猫が脱走するとき、たいてい網を破らない。隙間を通る。四隅、床と網のあいだ、網と壁のあいだ、そして上端。張った初日に、猫は全身でネットを押して確かめる。うちの子は三日目に、手すりと網のあいだの指一本分の隙間を見つけた。
結束バンドは10センチ間隔で留める。結び目は外側に向ける。内側から触って平らなほうが、爪が引っかからない。上端は手すりより高く取り、内側に少し折り返す。手すりに飛び乗った猫の体高を足してもまだ余る高さが要る。
退去の日にやること
外す。糊を落とす。ゴムの輪を消す。そして写真を撮る。張る前に撮った角度と同じ位置から、外したあとにもう一度撮っておく。
立ち会いでは、自分から「ここに網を張っていました」と言う。指摘されてから見つかるより、はるかに楽だ。通常損耗と借主負担の線引きは、契約書と、国交省の原状回復をめぐるトラブルとガイドラインが前提になる。自分で解釈せず、判断に迷うなら管理会社か住まいの相談窓口に確認する。
それでも、網は万能ではない
網を張っても、見ていない時間のリスクがゼロになるわけではない。実際は、ベランダに出す時間を短くする、リードをつける、といった併用のほうが効く場面が多い。夏のコンクリートは思っている以上に熱いし、上の階から落ちてくるものもある。
そして、聞いてみたら「だめです」と言われることもある。そのときは、やらない。聞かずにやって退去で揉めるより、ずっと安い。