品種を決めるのは血統書と標準、日本猫が登録されないわけ

目次
  1. 登録団体がやっているのは、まず台帳を維持すること
  2. 品種を定義しているのは、猫ではなく標準
  3. ジャパニーズボブテイルは、日本で標準が書かれたわけではない
  4. 日本猫は在来の集団で、台帳に載っていない
  5. 団体ごとに、必要な世代数が違う
  6. 血統書が示すもの、示さないもの

品種を決めているのは、猫の見た目ではなく、血統書に記録された祖先の連なりと、文章として書き下された標準です。日本猫が登録されないのは、その猫に何かが足りないからではなく、祖先をたどる記録がそもそも作られてこなかったからです。記録のない集団は、あとから「品種です」と宣言することができません。

私はこの違いを、市民ホールの二列目のパイプ椅子で見ました。土曜の午後、ステージのない広い部屋に折りたたみテーブルが並び、その上にケージが積み重なっています。受付で番号の書いた紙を受け取り、あなたは私の隣に座る。消毒液のにおい、パイプ椅子が床をこする音、どこかで低く鳴いている猫の声。

審査が始まると、審査員はケージから一匹を取り出し、テーブルの上で背中に手を滑らせます。頭の形、耳の付き方と大きさ、目の間隔、被毛の質。それから尾。ジャパニーズボブテイルの尾は根元から曲がっていて、伸ばしても先がありません。審査員は指先でその曲がりを確かめ、手元の紙に短く書き込みます。

見ていて分かるのは、審査員が「かわいいかどうか」を見ていないということです。見ているのは、紙に書かれた理想の姿と、目の前の猫との差です。比べられているのは猫ではなく、猫と文章のあいだ、と言ってもいい。

隣にいた人が、膝の上のキャリーを指でトントンと叩きながら言いました。「うちの子も尾が短いんですけど」

キャリーの中では、キジトラの猫が丸くなっています。この質問は珍しくありません。私も同じことを考えたことがあります。

答えは猫の側にはなく、紙の側にあります。

登録団体がやっているのは、まず台帳を維持すること

血統登録団体の仕事の中心は、スタッドブックと呼ばれる血統登録簿です。一匹ごとに番号が振られ、父と母が記録され、その父と母の父と母も記録される。何代も積み上がったその連なりが、血統書として外に出てきます。

つまり血統書は、家系図というより、台帳から切り出された写しです。台帳に載っていない猫は、どんなに特徴がはっきりしていても、たどる先がありません。祖先を記録する仕組みに一度も入っていなければ、後から入る入口もない。

「うちの子は尾が短い」という事実は、血統書の有無とは別のところにあります。記録がないというのは、猫の話ではなく、紙の話です。

品種を定義しているのは、猫ではなく標準

登録団体は、品種ごとにスタンダード(標準)を持っています。頭、耳、尾、被毛、毛色、体型。それぞれについて理想の姿が文章で書かれている。この文章があるから、審査員は猫を見て「この品種のこの特徴が、こう出ている」と言えるし、繁殖に携わる人は何を目指せばいいか分かります。

大事なのは、品種を決めているのがこの文章だという順番です。特徴的な猫が一匹いて、それがそのまま品種になるのではない。標準は、選抜された集団を後から文章にしたものです。だから先に、記録を取りながら何世代も選抜してきた集団がいる必要があります。

その選抜の結果として求められるのが、何世代続けても同じ特徴が出ること。英語では breed true と言います。一匹の個体の特徴と、集団の性質は別物です。うちの子の尾が短いのは個体の特徴で、次の代にどう出るかは、記録がなければ分かりません。

ジャパニーズボブテイルは、日本で標準が書かれたわけではない

ここが多くの人が引っかかる場所です。日本に昔からいる尾の短い猫が、そのまま品種になったわけではありません。20世紀に入ってから、日本の短尾の猫が海外へ渡り、向こうで選抜され、標準が文章として書かれ、品種として登録されていきました。

猫の原産地と、標準が書かれた場所は同じではない。日本の猫でありながら、記録の起点は日本国外にできた。日本にいた同じような猫たちは、そのあいだも誰にも記録されず、縁側で昼寝をしていたわけです。

不思議な感じがしますが、順番をたどれば素直な話です。選抜する、記録する、文章にする、登録する。この手順が国内で踏まれなかったので、台帳に載る機会がなかった。それだけのことです。

日本猫は在来の集団で、台帳に載っていない

日本猫という呼び方は、品種名というより、日本で長く暮らしてきた猫たちの集まりを指す言葉です。人為的に選抜されて作られた集団ではなく、その土地の気候や暮らしの中で、世代を重ねてきた集団。こういうものを在来種、あるいはランドレースと呼びます。

在来の集団には、血統を記録する習慣がありません。誰かが選抜し、交配を決め、生まれた子を台帳に書き続ける。その作業を何十年も続けた人がいない。だから台帳を開いても、日本猫のページはありません。

これも繰り返しになりますが、記録がないのは事実であって、評価ではありません。台帳は「登録されたものの一覧」であって、「優れたものの一覧」ではないのです。

団体ごとに、必要な世代数が違う

同じ猫が、ある団体では登録できて、別の団体ではできない、ということが起こります。理由の一つは、完全な血統として扱うために必要な、記録された世代数の違いです。何代までさかのぼって登録が確認できる必要があるか、新しく品種として届け出る場合に何世代分の記録が要るか。その線引きが団体ごとに違います。

だから「どこが正しいか」という話にはなりません。台帳の作り方が違う、というだけです。飼い主の側から見ると、同じ一匹に二つの答えが出るのは落ち着かない。けれど基準が複数あるのは、猫の側の問題ではなく、制度の側の設計です。

血統書が示すもの、示さないもの

最後に、いちばん暮らしに近い話をしておきます。血統書が示しているのは、祖先の記録です。健康診断書ではありませんし、性格の保証でもありません。

同じ血統の猫でも、よく食べてよく遊ぶ子もいれば、物音に敏感な子もいる。爪とぎの激しさ、抜け毛の量、夜に鳴く頻度、畳に残る引っかき跡。そういうものは、血統書の紙を見ても分かりません。暮らしはじめて、こたつの上で伸びをする姿を見て、はじめて分かることのほうが多い。

血統書は、祖先が記録されているという一点についてだけ、強い意味を持ちます。それ以上でも以下でもない、と私は思っています。

話をホールに戻します。キャリーの中のキジトラは、まだ丸くなっていました。私はうまい説明ができませんでした。「登録されないね」と言うのは簡単ですが、それは「あなたの猫は品種ではない」と響いてしまいます。実際に起きているのは、その猫の祖先の記録が、どこにも書かれていないというだけのことです。品種に当てはまるかどうかと、いい猫かどうかは、別の軸にあります。

その人は結局、審査が終わるまで隣に座って、ほかの品種の尾の形を見比べていました。「尾だけでも、こんなに違うんですね」と言いながら。

夜、家に帰ると、畳の上で爪を研ぐ音がします。血統書の話をどれだけ長く書いても、その音は血統書とは関係なく鳴っています。記録がないことと、その猫が今ここにいることは、まったく別のことです。

猫の爪痕

執筆者について

猫の爪痕

猫と暮らす年月が長くなり、爪とぎの跡や換毛期の抜け毛が部屋の景色に溶け込んでしまった人たちです。多頭飼い、引っ越し、シニア猫との暮らしをそれぞれに経験しながら、猫種ごとの性格や手入れの重さを日々の暮らしの中で見てきました。

私たちについて