「検査済み」という一言が示しているのは、ある日付に、ある検査を、ある一匹に対して行ったという記録にすぎない。それはその猫のこれからの健康を保証するものではなく、後から読み返して比べるための文書だ。だから受け取った用紙は、安心の印としてファイルにしまう前に、いつのものか、何という検査か、誰が判定したか、そしてその検査を受けたのはこの猫自身なのか親猫なのかを確かめる。この四点が読み取れない紙は、あとから使いようがない。

夜、台所のテーブルにクリアファイルを置いて、私は中身を一枚ずつ引き出していく。角が少し折れたファイルで、留め具を開けると乾いた音がした。隣では湯呑みの茶が湯気を止めかけている。足元の畳のへりで猫が丸くなっていて、ときどき耳だけが動く。
出てきたのは四枚だった。ワクチンの接種記録、血液検査のコピー、FIVとFeLVという二つのウイルスの検査結果、そして一枚だけ様式の違う、母猫の遺伝子検査の紙。並べてみて、それぞれに書かれていることがまるで違うと気づく。譲渡のときに聞いた「検査済みです」という一言は、この四枚をまとめて指していたのだ。四枚は、同じことを言ってはいない。
検査名が違えば、答えている問いも違う
血液検査と一口に言っても、その日の血球の数を見ているのか、肝臓や腎臓の働きを見ているのかで、意味はまるで違う。私が手にしていた紙には数字が並んでいたが、項目名はアルファベットの略号で、基準値の幅は書かれていなかった。基準値は検査機器や動物病院ごとに少しずつ違う。数値だけを見せられても、その病院の基準で高いのか低いのかは分からない。
だから後日、紙を持って行って、項目名と基準値の出所を聞き直した。聞き直すのは失礼なことではない、と今は思っている。紙は会話の出発点でしかない。
FIVとFeLVの検査は、そのウイルスに感染しているかどうかを見る検査だ。血液検査とは別の問いに答えている。これも「検査済み」の一言にまとめられてしまうと、いったい何を否定できたのかが分からなくなる。感染してから反応が出るまでの間があるので、ある日の陰性は、その日より前のどこかで感染していなかったことの証明にはならない。だから動物病院や保護団体は、間を置いてもう一度調べるようにと言う。検査がいい加減だからではなく、検査という仕組みがそうなっているからだ。
遺伝子検査は、私の手元では母猫のものだった。ここが一番引っかかった。この子を調べた紙ではなく、この子を産んだ猫を調べた紙。親の情報は役に立つ。でも「この子の検査結果」として読み替えた瞬間、その紙は別のものを指し始める。誰の検査か、という一行は、書いてある数字より重いことがある。
エコー、つまり超音波の紙も同じ棚にある。あれはその日に撮った臓器の形と大きさの記録で、撮った人と機械で見え方が変わる。きれいな画像が、来年のことを何か言っているわけではない。
どの紙も、一日の写真だと思う
どの検査も、撮ったその日の、その一匹の写真だ。写真が上手に撮れていることと、被写体が元気であることは別の話で、まして来年の姿を写しているわけではない。
陰性という言葉も同じ。それは「この日、この方法では陽性の反応が出なかった」という一文であって、猫の体質や、これから何年も続く暮らしについては何も言っていない。この言い方に慣れるまで、私は少し時間がかかった。慣れてからは、結果を見て安心するのではなく、次の検査の予定を決める材料として見るようになった。
後から比べるために要る三つ
同じ検査を半年後に受けたとき、比べるには前の紙が要る。比べられる紙にするには、日付、検査名(できれば項目名まで)、そして実施した施設と判定した人。この三つが要る。どれかが抜けていると、新しい結果と並べたときに、上がったのか下がったのか、そもそも同じ検査だったのかが言えなくなる。
シールが貼ってあるだけの紙、日付が手書きで読みにくい紙、検査名が「検査」としか書かれていない紙を、私は何度か見てきた。責める気はない。書いた人にとっては当たり前すぎて、わざわざ書く必要を感じなかったのだと思う。ただ、受け取る側が後から読むことを知っていれば、その場で一言聞ける。
「これは何の検査ですか」「日付はいつですか」「判定したのはどなたですか」。この三つは、その場で聞いても角が立たない。むしろ、そういう飼い主を動物病院はよく知っている。
譲渡の記録と、これからの暮らしは別の棚
猫を引き取るときにFIVとFeLVの検査をするのは、日本の多くの保護団体でごく普通の手順になっている。その結果は引き取りの記録に残り、譲渡のときにも一緒に渡されることが多い。だから「検査済み」という言葉が出てくる。だがその紙が示しているのは、その時点での検査の結果であって、健康な一生の約束ではない。引き取りの記録は、暮らしの保証ではない。
そして、どんな検査の紙にも書かれていないことがある。性格。集合住宅の狭い部屋でどう過ごすか。先住の猫や犬とどう折り合うか。来客や大きな音にどう反応するか。これらを示す検査はない。書かれていないことは、書類をどれだけ眺めても出てこない。
だから私は、紙を読むのと同じくらい、迎える前に一緒に過ごす時間そのものを見るようにしている。紙はその時間を補うもので、代わりにはならない。
ファイルは今も棚にある。数年後、その子が年を取り、同じ検査を受けたときに、私はまたこの紙を出す。そのとき、日付と検査名と実施者が書き添えられていれば、二枚は並んで初めて意味を持つ。読み返せる紙にしておくこと。それが「検査済み」という一言に対して、私が今できる精一杯の準備だ。