初日、猫をキャリーから出すのはどこがいいのか

初日、猫をキャリーから出すのはどこがいいのか

初日、猫をキャリーから出すのはどこがいいのか

猫をキャリーから出すのは、リビングの床の真ん中ではない。薄暗くて静かな部屋を一つだけ選び、キャリーをそのまま床に置いて、扉だけを開ける。こちらから引き出すのではなく、出てくるかどうかを猫に任せる。この最初の一時間の置き方が、そのあとの一週間の落ち着き方をほぼ決めてしまう。

私はこの「引き出さない」という判断を、何度か失敗したすえに選ぶようになった。最初に迎えた猫のときは、キャリーをリビングの真ん中に置いて扉を開け、出てこないので抱き上げてソファに座らせた。悪気はなかった。早く仲良くなりたかっただけだ。その猫が部屋の隅で肩を丸めていたのは、三日ほど続いた。

部屋を決めてから、扉を開けるまで

まず部屋を一つ決める。条件は明るさと静けさと、逃げ場があること。うちなら六畳の和室だ。掃き出し窓のカーテンを半分だけ閉める。全開だと室内が明るすぎて、キャリーの中の猫が外の気配を読みにいって落ち着かない。真っ暗にすると、今度はこちらが猫の様子を読めない。半分でいい。

キャリーは部屋の隅、壁に背をつける形で置く。真ん中だと四方が開けて、落ち着ける場所にならない。畳の上ならそのまま置けばいい。フローリングなら滑り止めを敷いて動かないようにする。これは移動中から同じで、キャリーが動くこと自体が猫にとっては大きな出来事だ。車でも徒歩でも、水平を保って、シートベルトや荷物で固定する。直射日光の当たる場所と、エアコンの風が直接届く位置は避ける。体感温度が変わり続ける場所は、猫にとって「まだ安全と決められない場所」になる。

扉を開けるときは、しゃがんで、キャリーの正面に自分の体を置かない。真正面から覗き込まれる形は、逃げ道をふさがれたのと同じだ。私は横向きに座り、扉を開けて、少し離れる。開けた瞬間に飛び出してくる猫もいれば、三十分動かない猫もいる。どちらも普通だ。

出てこないときは、出ないままでいい

一時間待って出てこないなら、そのまま部屋を出て扉を閉める。これが案外いちばん難しい。心配になって扉を開け直し、声をかけ、手を入れてしまう。けれど奥に引っ込んだ猫をこちらが引っ張り出すと、次に同じ部屋でキャリーを見たときに、あの場所は掴まれる場所だという記憶が残る。

隠れ場所は、あらかじめ用意しておく。押し入れのふすまを十センチほど開けておく。家具と壁の隙間を空けておく。段ボールを一つ伏せておく。ただし奥まで入り込めないように、手前で止まる形にする。奥まで入られると、こちらが様子を見られなくなるうえ、呼んでも出てこない。隠れられて、かつ手が届く範囲。この中途半端な設計がちょうどいい。

キャリーは片付けない

移動が終わったからといって、キャリーを物置にしまわない。そのまま一週間、部屋に置いておく。猫は自分からキャリーに戻る。戻った場所は、外から何かあったときに逃げ込める場所になる。

これは後の手入れのときに効いてくる。爪切りやブラッシングを嫌がった猫が、逃げる先を持っているかどうかで、こちらの動き方が変わる。逃げ場がないと分かっている猫は、抱えられる前に抵抗する。逃げ場がある猫は、いったん逃げて、また出てくる。手入れの習慣づくりは、結局そこに乗っている。

次の部屋を開ける合図

全部の部屋を初日に見せて回る必要はない。むしろ逆で、家全体を一日で歩かせると、逃げ場が一度に消える。猫は「どこにいれば安全か」の地図をまだ持たないまま、広い空間に放り出される。

合図は、猫の側が出す。自分からキャリーの外に出る。部屋の中を端から端まで歩く。水を飲む。トイレを使う。人の前で座る、あるいは寝る。ここまで来たら、隣の部屋の扉を開ける。一度に一つずつでいい。開けてみて、猫がそちらにばかり入って戻ってこないなら、その部屋は今はまだ早いということだ。

やってしまいがちなこと

初日にやりがちなのは、家中を案内して回ること、抱っこで各部屋を見せること、来客や家族に会わせること、写真を撮るために明るいリビングへ連れ出すこと。どれも悪意ではない。ただ、全部「隠れ場所を減らす」方向に働く。隠れ場所が減ると、猫は警戒を解くのではなく、警戒を強める。

初日の夜は、その部屋で寝かせるのが基本だ。寝室に連れて行きたくなる気持ちは分かるが、運ぶたびに環境が一度リセットされる。どうしても鳴き続けて眠れない、という場合は、キャリーごと静かに寝室の隅へ移す。移動は最小限に、明かりは落として、声はかけずに。これはこれで、翌朝に響くことがある。だから、できるなら初日は部屋を分けたほうがいい。

最初の一時間で決まるのは、仲の良さではない。猫がこの家のどこに逃げられるか、という地図の最初の一点だ。それがキャリーの中なのか、押し入れの手前なのか、ソファの下なのか。場所は何でもいい。決めるのは猫で、こちらは選択肢を残すだけだ。

猫の爪痕

猫と暮らす年月が長くなり、爪とぎの跡や換毛期の抜け毛が部屋の景色に溶け込んでしまった人たちです。多頭飼い、引っ越し、シニア猫との暮らしをそれぞれに経験しながら、猫種ごとの性格や手入れの重さを日々の暮らしの中で見てきました。