爪切りと爪とぎは、同じ爪の手入れに見えて別の作業だ。爪切りが短くするのは爪の先端で、爪とぎが剥がすのは爪の外側の鞘。だから爪を切っても爪とぎの衝動は減らないし、爪とぎをさせていても伸びすぎた先端は短くならない。両方を同じ習慣の棚に並べておく必要がある。片方で片方を代用しようとすると、たいてい噛み合わない。
夜の九時を過ぎたころ、畳の部屋に段ボールの爪とぎを置く。うちの猫はその気配で察していて、廊下のほうから足音が近づいてくる。爪を立てる音は「ガリガリ」ではなく、もっと乾いた「ザッ、ザッ」だ。二、三回引いては止まり、また引く。手元を眺めていると、板の上に薄いかけらが落ちている。半透明で、三日月の形をした、爪の殻だった。
初めてそれを見たとき、私は爪のことを少し誤解していた。爪は一枚の硬い板だと思っていた。違った。何層にも重なっていて、外側の層は古くなると浮いてくる。爪とぎは、その浮いた層を引っかけて落としている。だから爪とぎのあとの爪は、短くなったというより、新しくなっている。
翌日か、その翌日。私は小さな爪切りを出して、畳の上であぐらをかく。前足をそっと取って、爪の先をひとつずつ見る。切った断面は平らで、角がある。指の腹で触れると、切る前より引っかかる感じがすることがある。これは感覚の話で、すべての猫に当てはまるとは限らない。ただ、切った直後にソファの角でガリガリやられると、ああ、そういうことかと思う。切るという行為は、研ぐという行為の代わりにはなっていない。
研ぐ理由は、爪の長さとは別のところにある
爪とぎには、先端を整える以外の役目もある。前足を思いきり伸ばす全身の動きであり、たいていは寝起きや、部屋を歩き回ったあとに起きる。足裏や爪の間ににおいを置く行動だと言われるのも、そういうことなのだろうと思う。長さが気になってやっているわけではないのだから、短くしたところで回数が減る道理がない。
うちでよく通るのは、寝床から廊下に出るまでの動線上に置いた横向きの板だ。畳の部屋にひとつ、廊下の角にひとつ。縦に立てたものも一台あるが、これは爪を引っかけて伸びをするのに使っていて、研ぐというより体重を預けている。同じ爪とぎでも、猫は場所ごとに使い分けている。
爪切りの間隔は、猫の側の事情で決まる
一般的には、室内で暮らす猫なら二〜三週間ごとが目安と言われる。前足のほうが伸びが早く、後ろ足はゆっくりめだ。うちでは前足を二週間おきに見て、後ろ足はその次の回にまとめて確認している。切る長さは先端の透明な部分を少しだけ。切りすぎないことを優先すると、間隔のほうを短くすればいい。
年を取って、研がなくなったとき
ここが、いちばん見落としやすい。高齢になって寝ている時間が増えると、爪とぎの回数そのものが減る。回数が減ると外側の鞘が残りやすく、爪は彎曲したまま伸びていく。研がなくなったから爪切りも楽になる、とはならない。むしろ間隔を短くして、こまめに先端を見たほうがいい。
それに、体の使い方が変わる。若いころのように勢いよく板に爪を立てられず、通り道も変わる。板を寝床の近くへ移す、角度を少し寝かせる。それだけで、また使うようになることがある。回数が減ったのは怠けているからではなくて、動きの線が変わったからだ、と考えるほうが実際に合っている。
順番を決めると、両方うまく回る
わが家の並びは決まっている。遊びで少し息を上げてから、爪とぎをひとしきりやらせて、その流れで前足を取る。研いだあとは足先の力が抜けやすいのか、手の中で爪が立ちにくい。遊びの途中で切り始めるより、明らかに落ち着いている。遊びを先に置くのは、ご機嫌取りではなくて、順番の問題だと思っている。
研ぐ場所が足りないと、爪を切っても切っても家具の角に向かう。逆に爪切りをしばらくさぼると、爪が板に引っかからずに滑って、猫のほうが研ぐのをやめてしまう。どちらが欠けても、もう片方がうまく回らなくなる。この二つは代替品ではなく、同じ一連の流れの前半と後半だ。
畳の部屋の板の前に、今日も小さなかけらが落ちている。あれは手入れの失敗の跡ではなくて、手入れが回っている証拠だ。その証拠を拾いながら、私は明日も爪切りのほうを一回だけ開ける。