賃貸で猫と暮らす人の避難先は、避難所に入れるかどうかを前提に組まないことです。雨も風もない平日のうちに、猫を預けられる相手を一人決めて、その人に実際に頼んでおく。避難所のペット受け入れは、住まいがペット可であることとは別の主体が決める別の話なので、自治体の計画はこちらから読みに行く。順番を逆にして、警報が出てから行き先を探し始めると、選べるものはほとんど残っていません。
私がこの順番に落ち着いたのは、区の防災計画のPDFを台所のテーブルで開いた日のことだ。猫が一匹、椅子の背もたれから膝に落ちてきて、そのまま丸くなった。ペットの項目を探してスクロールすると、そこに書いてあったのは「受け入れます」という一行ではなかった。ケージに入れておくこと。共用の場所で過ごすこと。餌と水は飼い主が管理すること。そういう条件が並んでいる。読み終えて思ったのは、これは「猫と一緒に避難所に入れる」という約束ではなく、「条件を満たせる人だけが同じ建物の中に居場所を持てる」という書き方だ、ということだった。
猫可の部屋と、避難所のペット受け入れは別の許可
賃貸で猫を飼えるのは、貸主がそう決めたからだ。避難所で猫を受け入れてもらえるかどうかは、その建物を災害時に開ける自治体が決める。同じ「猫OK」という言葉でも、決めている人が違う。大家さんに「うちの猫、避難所は大丈夫ですか」と聞いても、答えは返ってこない。返ってきたとしても、それは大家さんの見解であって、避難所の運営の話ではない。
この二つが別物だと分かってから、私のなかで質問の宛先がはっきり分かれた。住まいのことは管理会社へ。避難所のことは自治体へ。混ぜると、どちらも中途半端になる。
計画を読むときに探す場所
自治体の計画は、たいてい「ペットの災害対策」とか「動物との同行避難」という名前のページにまとまっている。そこで探すのは、受け入れの可否より先に、条件のほうだ。ケージなのか、それともキャリーだけなのか。同じ部屋で過ごせるのか、それとも別のスペースに固まるのか。同行避難と同居避難という言葉が出てきたら、それは「同じ場所に避難する」ことと「同じ空間で過ごす」ことが別だ、という意味だ。この区別を知らないまま「ペット可の避難所」という言葉だけを信じると、着いてから困る。
指定避難所ごとに運用が違うこともあるし、協定を結んだ民間の建物が候補に入っていることもある。全部を暗記する必要はない。自分の住んでいる地域の何か所かについて、猫の扱いがどう書かれているかだけ、目で見ておけばいい。環境省が出しているガイドラインを一度眺めておくと、自治体のページの書き方がかなり読みやすくなる。
預け先を決めるのは、雨も風もない日の昼
私が友人に電話したのは、日差しの強い日曜の午後だった。窓を開けていて、猫は網戸の内側で外を見ていた。用件は一つ。「もしうちがダメになったら、この猫を預かってもらえるか」。
向こうから返ってきた質問は、こちらの想定と違った。家で猫を飼ったことがあるか。同居の家族にアレルギーがいるか。その家は賃貸か、貸主はペットを認めているか。猫は人に慣れるか、ケージに入れられるか、ワクチンの証明は出せるか。答えているうちに、私は自分の猫の情報を、どれだけ人に渡せる形で持っていないかに気づいた。口で説明できるつもりでいて、何も手元にない。
預け先の候補は、大きく三つある。親族か友人、ペットホテル、かかりつけの動物病院。どれも、当日に電話して預かってもらえる種類のものではない。そして、三つは性格が違う。
親族や友人に頼む場合、いちばん効くのは「一部屋借りられるか」を先に聞くことだ。猫は慣れない場所で隠れる。隠れられる部屋が一つあるだけで、預かる側の負担はまったく変わる。私のときは、猫部屋にできるかどうかを最初に確認した。あとは、その家が賃貸なら貸主の条件、持病と薬、トイレ砂の種類、窓を開けるときの注意。細かいようで、これは全部、当日に説明していたら間に合わない話だ。
ペットホテルや動物病院は、災害時に受け入れの余裕があるとは限らない、という前提で聞く。平常時の予約の取り方と、災害時の扱いは別だ。ワクチンの条件、持病のある猫を受けられるか、停電したらどうするか。持病のある猫なら、かかりつけの病院のほうが情報を持っている。ただし、診療が優先になる日があることも、向こうは正直に言う。どちらが上という話ではなく、うちの猫はどちらに向いているか、という話だ。
玄関に置くものを、小さくする
賃貸の部屋は収納が少ない。防災リュックを大きな箱に入れて押し入れの奥に置くと、たぶん、使わない。私はずっとそうだった。だから猫の分は玄関に寄せた。キャリーの横に、手のひらより少し大きいバッグを一つ。中身はフードの小分け、薬、予備の首輪と迷子札、写真、猫の情報を書いたカード、預け先の連絡先。カードはビニール袋に入れて外ポケットに差してある。他人が猫を預かる立場になったとき、口で説明するより紙のほうが速い。
大げさな備えを一つ作るより、玄関にあって毎日目に入るものを一つ作るほうが、うちの場合は続いた。キャリーも普段から出しっぱなしにしている。押し入れの奥にあると、いざという時に手が止まる。
管理会社に聞いておく二つのこと
賃貸で災害の話をするとき、私は二つだけ聞くと決めている。夜間もつながる緊急連絡先と、ガスと水道の元栓・止水栓の位置。あとは、建物の被害をどこに連絡するのか。季節が来てから聞くと電話が混む。平常日に聞いておくと、担当者はたいてい嫌がらずに教えてくれる。
それと、ペット可の条件そのものも、この機会に手元の契約書で見ておく。私の部屋の契約がどうだったかはここには書かない。部屋ごとに違い、書き方も違うからだ。ただ、確認する相手は管理会社か貸主であって、避難所の話とは別、という点だけは共通している。
夜中に決めない、というのがいちばんの目的
預け先を先に決めておく利点は、安心感ではない。決断の時刻をずらせることだ。警報が出て、スマホが鳴って、外が荒れている。その状況で「この猫をどこに預けるか」を、私は考えたくない。相手に「今から預かってもらえますか」と電話することも、できればしたくない。相手にも家族がいて、その日の予定がある。
昼間に、天気のいい日に、雑談の延長で「もしものときはお願いしたい」と言っておく。その一言があるだけで、夜中の判断は「決める」から「思い出す」に変わる。
決めたあとが、実は本題だ。預け先は変わる。相手が引っ越す。家族が増える。猫が年を取る。私の部屋が変わる。だから私は、年に一度、あのバッグを開けて中身を入れ替えるついでに、頼んだ相手へ短い連絡を入れる。猫の写真を一枚添えて、「まだ有効です」と。大したことではないが、これをやらないと、決めたことは静かに古くなる。
自宅に居られるなら、そこが一番
最後に一つ。避難所に入れない、という話の前に、自宅に居られるかどうかがある。建物が無事で、水と電気が残っているなら、猫と一緒に家にいるのがいちばんいい。だから備蓄は、外へ出るためのものと、家に籠るためのもの、両方になる。フードとトイレ砂は最低でも数日分。キャリーとあのバッグは、籠るときにも結局使う。
外に出なければならない状況で、猫を連れていける先を持っていること。それが、賃貸で猫と暮らす人が普段の日にやっておける、いちばん現実的な準備だと思う。特別な道具はいらない。電話を一本かけて、玄関にバッグを一つ置く。それだけのことに、思ったより時間がかかる。だから、天気のいい日にやっておく。