迎える前日にやるべきことは、用品の買い出しではなく、猫が体を押し込める開口部と、入ったまま戻れなくなる隙間を塞ぐ作業だ。見る場所は3つに絞れる。窓・網戸・ベランダ扉の開口部、洗濯機の裏やキッチン収納・押入れの隙間、そして棚の上に載っている物と床を這う細いもの。どれも、猫が来る前の、まだ猫がいない部屋でなければ腰を据えて確かめられない。家具が入り、猫が動き回るようになってからでは、同じ確認は二度とできない。
前日の午後、私はまず部屋の真ん中で床に座る。立ったまま見渡しても、目に入るのは家具の配置と壁紙の色だけだ。座ると、窓の下の壁と床の境目が見えてくる。エアコンの配管が通る穴、コンセントの高さ、カーテンの裾が届く位置。あなたも一度、そこに座ってほしい。猫はだいたい、その高さで部屋を見ている。
そこから四つん這いで壁沿いを一周する。指を伸ばして、壁と家具の間に差し入れる。指先が入って止まるなら、まだいい。手の甲まで入るなら、猫の肩は通る。ここで分かるのは隙間の広さではなく、自分の体がどこまで入るかだ。
窓と網戸は、押すのではなく預けてみる
網戸は内側から押されると外れる。指先で軽く押したくらいでは、たいてい「固い」と感じる。だから指で確かめても意味がない。手のひら全体を当てて、肩の重さを預ける。四つの角を、それぞれ。それから網戸の枠とサッシの間に指を差し込んで、上へ持ち上げてみる。数ミリ浮くなら、猫が走ってきて前足をかけたときに、同じだけ浮く。
猫は押すのではなく、助走してぶつかる。勢いを乗せて飛びつく。だから「人が押して開かない」は、ほとんど保証になっていない。下のレールに砂が噛んで浮いている家は、なおさらだ。内側に倒して開けるタイプの窓なら、開けた瞬間に猫の体重が乗る場所ができる。
ベランダ扉は、網戸だけ見ても足りない。室外機、植木鉢、物干しの竿受け。手すりの近くに、手すりへ上がるための踏み台になるものが残っていないか。猫は手すりに飛び乗る。乗った先から隣の住戸のベランダまで渡れる幅があるかどうかも、見ておく。集合住宅では、玄関から出るより静かに外へ出られる経路がここになる。
壁の穴も同じ棚に入る。エアコンの配管が通るスリーブ。キャップが外れ、パテが痩せていると、そこは直径数センチの開口部になる。網戸を直しても、この穴は別だ。
洗濯機の裏、キッチンの裾、押入れの戸
洗濯機の裏は、いちばん見落とす。本体の側面と壁の間に手を入れる。手首まで入る。肘まで入る。肘が入るなら、猫は入る。そして中の幅は、たいてい向きを変えられない広さで終わっている。
猫は頭から入る。肩が通れば体が通る。出るときは頭を返さないといけない。その円が描けない。だから中で鳴く。声は聞こえるのに、手は届かない。防水パンの配管があるから、洗濯機は簡単には動かせない。前日なら、まだ動かせる。そこが前日である理由のひとつだ。
キッチンは足元を見る。シンク下の扉を開けて、仕切り板と本体の間に指を差し入れる。隣の引き出しへ抜けられるつくりになっていることがある。足元の化粧板の奥が空洞で、切り欠きから中に入れる家もある。入られたら最後、配管の間を抜けて、こちらが手を入れられない場所まで行く。
押入れとクローゼットは、戸そのものを見る。引き戸は、戸と戸の重なりに指が入る隙間があれば、前足をかけて開けられる。下のレールのところは特に隙間が残る。襖は軽いので、閉めたつもりで数センチ開いていることがある。開いた先が天袋まで続いているなら、そこはもう手の届かない場所だ。
一度入られると、呼んでも出てこない。来たばかりの猫は、名前を呼ばれて出てくるような関係になっていない。餌を置いても、人がいなくなってから食べる。見つかるのはたいてい、数時間後の物音か、翌朝になっても出てこないという気配のほうだ。
棚の上と、床を這う細いもの
高いところに置いた物は、猫が来る前に下ろす。「落ちても割れない物ならいい」ではない。猫は棚の縁に前足をかけて、体重をかけて、乗れるかどうかを試す。試すたびに棚が数ミリ動く。上の物は、猫が着地した弾みで落ちる。落ちた物が割れることより、落ちた物の上に猫が着地することのほうが問題だ。花瓶や鉢植えも同じで、猫は鉢の土を掘るし、鉢ごと落とす。
薄いテレビは、猫一匹の体重で手前に倒れる。地震の備えで固定している家でも、猫が毎日乗る前提で固定している家は少ない。本棚の上、冷蔵庫の上、突っ張り式の棚。乗られる前に、乗られても落ちない形にしておく。
コード類は、動かす理由が少し違う。感電の話としてではなく、遊び道具になるから動かす。猫は細い線を前足でちょいちょいと引き寄せて、転がす。充電ケーブルは特にそうなる。そして走るときに足に絡む。絡んだ猫は、パニックで部屋の中をぶつかりながら走る。その数秒で、さっき下ろしたはずの物がまた落ちる。
前日にやるのは、床を這っている線を壁沿いに上げること。コンセントから機器までのたるみを、床に落とさない。カーテンの紐やブラインドのコードのように輪になるものは、輪を切るか、結んで小さくする。
玄関とベランダ扉のルールは、前日の夜に決める
家族がいるなら、全員の前で決める。玄関は、開ける前に足元を見る。誰が先に出るか、ではない。開けた瞬間に猫がいるかいないか、だ。「いたら閉める」では遅い。ドアは開いた時点で隙間ができている。
ベランダ扉は、閉める前に床を見る。猫は足音を立てない。ベランダに出て、手すりに上がって、しばらくしてから戻ってくる。戻ってきた猫は、扉の前に立っている。
大事なのは、守る気があるかどうかでルールを決めないことだ。手が塞がっているときに守れる形になっているかで決める。買い物袋を両手に提げているとき、玄関を開ける前に袋を置けるか。そこまで決めておくと、だいたい守れる。守れないルールは、破れた日にいちばん高くつく。
夜、部屋の明かりをつけて、もう一度だけ網戸を押してみる。昼と違って、網が光って、枠の歪みが見える。手のひらを当てて、肩の重さを預ける。動かなければ、それでいい。
猫が来てから同じことをしようとすると、猫が乗ってくる。猫が邪魔をする。猫は、その隙間の意味をもう知っている。前日は、まだ猫がいない。だから全部できる。