猫を迎えた初週は、買いそろえた物を並べる週ではなく、猫が自分から動ける範囲を少しずつ広げていく週です。1日目は1部屋だけ。3日目前後で隣の部屋を開ける。5日目から7日目にかけて、家中の音と人の気配に慣れていく。これがおおよその骨格になります。この1週間でいちばん大事なのは、広げる速さを人が決めないことです。

キャリアーを六畳の畳に下ろしたとき、中から聞こえたのは衣擦れのような小さな音だけだった。私は扉を開き、タオルを半分だけかけて、部屋の隅に座った。猫のほうは見ない。目を合わせると、それは「出てこい」の合図になってしまう。出てくるかどうかは猫が決める。10分で顔を出す猫もいれば、その日は一度も出てこない猫もいる。どちらも普通で、どちらでもいい。
1日目、キャリアーの扉は開けたままにする
移動は短く済ませる。長く車に揺られると、猫は知らない揺れと匂いを体に覚えてしまう。家に着いたら、静かな一部屋の床にキャリアーを置き、扉を開けたままにする。タオルを半分かけておくと中が暗くなり、猫は少し落ち着く。
大事なのは、キャリアーを片づけないことだ。多くの人は猫が出てきたあと、キャリアーを物置にしまう。けれどこの1週間、キャリアーは猫にとって「匂いのわかる唯一の場所」になる。部屋の隅に置いたままにしておくと、怖いことがあったとき、猫はそこへ戻ってくる。戻れる場所があると、猫は外に出ている時間を少しずつ延ばしていく。
この日のうちに、水、トイレ、フードを置く。フードは元いた場所と同じもの、トイレの砂も同じものにする。環境はどうしても変わる。だからこそ、口に入るものと足に触れるものは変えない。これは1週間ずっと続ける。
「変えないもの」を先に決めておく
この週にいちばん我慢がいるのは、良かれと思って新しくするのを止めることだ。もっと良いフードに、匂いの少ない砂に、と手を出したくなる。けれど猫にとって、食べ物とトイレは体に直接触れるもので、環境の変化がいちばん強く出る場所でもある。家が変わったうえに、味と足ざわりまで変わると、猫は何を基準にすればいいのかわからなくなる。
同じ理由で、届いたばかりのベッドや毛布を全部並べる必要もない。最初はキャリアーと、元いた場所の匂いが残っているものだけでいい。新しいものは、猫が落ち着いてから足していく。順番を逆にすると、慣れるまでの日数が延びる。
3日目、襖を10センチだけ開ける
1日目と2日目は1部屋で過ごす。この2日間、私はほとんど何もしない。同じ部屋で別のことをして、猫が自分から出てくるのを待つ。
3日目の朝、隣の部屋とのあいだの襖を10センチだけ開ける。全開にしない。10センチなら、猫は自分で出られるし、いやなら引っ込められる。この「引っ込められる」が効く。逃げ道がない状態では、猫は新しい部屋の中身を調べない。調べないまま広げても、ただ怖い場所が増えるだけだ。
開けていいかどうかの判断は、記録を見て決める。出ている時間が昨日より長いか。フードが減っているか。トイレが使えているか。この3つが動いていれば開ける。隠れている時間が長くなっているなら、その日は開けない。焦って開けた部屋は「怖い場所」として記憶されて、あとで通るのに余計な時間がかかる。
1日目から家中を歩き回る猫もいる。それならそれで止めない。ただし、その猫にもキャリアーと1部屋は残しておく。元気な猫ほど、急に疲れて隠れたくなる日が来る。
5日目から7日目、音と人の気配を戻していく
1日目から4日目は、家の中を静かにしていた。5日目から、その静けさを少しずつ戻す。掃除機、テレビの音、家族の話し声。一度に全部は戻さない。1日1つくらいでいい。猫は音そのものより、音がどう変わったかを覚えている。静かだった家の地図を、急に書き換えないほうがいい。
家族がいる家なら、この時期に一人ずつ部屋に入る。全員で囲まない。膝に乗ってくる子なら、そこで初めて触る。触るのは最後でいい。爪とぎをどこに置くかも、この1週間で決まるものではない。猫がすでに爪を立てた場所の近くに、あとから置く。決定権は猫の側にある。
集合住宅では、音の戻し方が少し違う
上の階の足音や隣の物音は、こちらが戻そうと思わなくても戻ってくる。猫は上から来る音に敏感なので、5日目以降に自分から戻すなら、まず足元の音から始めるとよい。窓を開けるのは、この1週間では後回しにする。網戸越しの外の匂いは情報量が多く、一度覚えると気にし続ける。
記録は日記ではなく、動物病院に持っていく資料になる
用意するのは1枚の紙でいい。日付、食べた量、トイレの回数、隠れていた時間、出てきた時間帯。うまく書こうとしなくていい。数字が並んでいれば十分で、この1週間は「昨日と今日でどう変わったか」だけが見えればいい。
猫の体調のことは、私が家で判断する話ではない。気になることがあれば、引き渡しのときに受け取ったメモと、この1週間の記録を一緒に持って、動物病院で相談する。それがこの家の決めごとになっている。手元に数字があると、伝えるときに迷わないし、話が短く済む。
7日目は締め切りではない
7日目に家中を歩き回っている猫もいれば、7日目もまだソファの下にいる猫もいる。どちらも1週間の終わり方として普通だ。猫が新しい環境に落ち着くまでには数日から数週間かかると言われていて、7日目はその途中でしかない。この週に決まるのは、猫が「この家には自分が逃げ込める場所がある」と知ることだけ。それで十分で、残りはこれから何年もかけて積み上がっていく。
正直に書くと、この1週間でいちばん落ち着きがないのは猫ではなく私のほうだった。そばにいたい。抱きたい。名前を呼びたい。それを1日目に全部やると、猫は隠れる時間を延ばす。だから私は、その日にやることを1つだけ決めて、あとは別のことをして過ごした。洗い物でも、買い物でもいい。やることが決まっている人の気配は一定していて、猫はそういう家のほうを早く受け入れる、というのが私の実感だ。
道具の話をすれば、キャリアーもトイレもフードも爪とぎも、前日までに揃えておくものだ。1週間目に買い足すのは、猫が「ここだ」と決めた場所に合わせてからで遅くない。