賃貸住宅で猫と暮らせるかどうかを決めているのは、募集図面の「ペット可」という一言ではなく、契約書と重要事項説明書に並んだ条文そのものだ。読む順番はほぼ決まっていて、飼える動物の種類、頭数、体重の上限、去勢避妊とワクチンの扱い、入居時と退去時にお金が動く箇所、そしてベランダと共用部の使い方。それぞれの数字や一文を、自分の生活の一場面に置き換えて確かめると、契約してから「聞いていたのと違う」と気づく事態をかなり減らせる。

私がこの作業をするのは、たいてい夜のダイニングテーブルだ。契約書の束を開くと、猫が寄ってきて前足をページの端に乗せ、爪を引っかける。あわてて手を添えてどかして、まず目次ではなく「特約」という欄を探す。ペットの条件は、契約書の本文ではなく特約や別紙、覚書のほうに書かれていることが多いからだ。あなたの手元にも契約書案があるなら、同じ順番で一緒に目で追ってほしい。
種類の一行は、二つの質問に化ける
「ペット飼育可(小型犬・猫に限る)」という一行。読み流してしまいそうな場所だが、これは「うちは猫だけか、それとも犬も想定した書き方か」という質問と、「猫にもサイズの物差しが持ち込まれるか」という質問に化ける。書き方は物件ごとに違い、私が読んできた中では、猫だけを想定して「猫1頭まで」と書いてあるものと、犬と猫をまとめて「小型犬・猫可」とするものの二通りがあった。後者のほうが、あとから体重や大きさの話が出てきやすい。
猫だけを想定した書き方なら、確認することは少ない。「猫であること」が条件のすべてで、あとは頭数と、下に続く手続きの話になる。
頭数は、今日の数ではなく15年後を数える
「1頭まで」「2頭まで」「多頭飼育不可」。ここで私がやるのは、今いる猫の数を数えることではなく、これから先の年数を数えることだ。猫は長く生きる。この部屋に10年、15年住むとして、その間ずっと同じ頭数でいるか。2匹目を迎えたくなる可能性はないか。
契約書には「飼育できる頭数の上限」と「現在の頭数」が別の欄になっていることがある。上は2頭なのに、届け出が1頭で止まっていると、2匹目を迎えるときに「事前に承諾を得ること」という一文が効いてくる。逆に、最初から2頭で申告しておけば、その手続きは最初の一回で済む。承諾が更新のたびに必要、という書き方もあるので、更新の時期も一緒に眺めておく。
保護団体から迎える場合、きょうだいを2匹で、という話が出ることがある。その場で決められそうでも、賃貸の条件が1頭なら、それは契約に反する。数をあとから増やすより、申し込む前に数を決めておくほうが、ずっと楽だ。
体重の上限は「契約した日」ではなく「成猫になったとき」で読む
「体重5kg以下」。この数字が、私がいちばん慎重に読む場所だ。
子猫は1kg前後で家に来る。それが1年で3kgを超え、2年ほどで成猫の体重に落ち着く。日本の家でよく見る雑種でも4kgから5kgは普通に超える。メインクーン、ラグドール、ノルウェージャンフォレストキャットのような大型の系統なら、成猫で7kgを超えることも珍しくない。つまり、契約の時点で体重を書く欄があったとして、そこに入る数字は、その猫の一生でいちばん小さい数字になりやすい。
だから私は、こう聞く。「この子は成猫になったとき、何kgくらいになる見込みですか」。保護団体でもブリーダーでも、かかりつけの獣医でも、答えてくれる。その見込みが上限を超えるなら、その物件は最初から候補から外す。体重の上限は、猫の系統によって選べる部屋の数を大きく変える条件なので、あとから交渉するより、最初に外すほうが現実的だ。
家で測るなら、いきなり抱っこして体重計に乗るより、空のキャリーを先に乗せ、次に猫を入れて乗せ、差を取るほうがぶれにくい。測った日付と数字をメモしておくと、更新のときや書類を出すときに慌てない。
去勢・避妊とワクチンは「いつ出すか」までセットで読む
「去勢・避妊手術を済ませていること」「ワクチン接種証明書を提出すること」。この二行は、条件そのものより時期のほうが厄介だ。
成猫を迎えるなら手術は済んでいる。問題は子猫のときで、この時点では手術もワクチンも終わっていない。契約書に「入居後〇日以内に手術を受け、証明書を提出する」と書かれているのか、「手術後に写しを提出」とだけ書かれているのかで、やることは変わる。「手術後」だけなら期限は緩いが、いつまでも出さないままでいると、次の更新のときに効いてくる。
提出先も確認する。管理会社なのか、大家さんなのか、仲介の担当者なのか。原本か写しか。マイクロチップの登録番号を書く欄がある契約書もある。私は猫の医療関係の書類を一つのクリアファイルにまとめ、賃貸の書類とは別にしている。証明書をスマホで撮るときは、ファイル名に日付を入れておく。あとで探すときに、これがいちばん効く。
引っ越しと手術の時期が重なるのは避けたい。環境が変わった直後に手術と通院が続くと、猫の負担が大きい。契約上の期限が許すなら、少し離す。
お金は入居時と退去時に分けて、電卓を叩く
ペットに関する費用は、二つの山に分かれている。
入居時のほうは、敷金の積み増し(ペット敷金として1ヶ月分、という書き方を見かける)、礼金、ペット飼育料。飼育料は一時金のこともあれば月額のこともある。月額1,000円が24ヶ月続けば24,000円で、一時金3万円と逆転する。長く住むつもりなのか、数年で出るつもりなのかで、どちらが重いかは変わる。毎月のフード代や猫砂代、医療費の積み立てと並べてみると、月いくら増えるのかが体で分かる。
退去時のほうは、クリーニング費用と原状回復。畳、カーペット、壁紙、消臭。金額が契約書に書かれていることもあれば、「別途協議」とだけ書かれていることもある。後者のほうが読みにくいが、読みにくいという事実自体が、申し込む前に知っておくべき情報だ。畳の部屋なら、爪とぎの跡や匂いがどこに残りやすいかを、住んでいる間ずっと見ていることになる。
退去時の原状回復については、国がまとめた考え方が広く参照されている。だがそれは、目の前の契約書の条文を置き換えるものではない。まず契約書の書き方を読み、分からない言葉は内見のときに担当者に聞いて、聞いた内容を日付と一緒に控えておく。私はこれを、契約前にやっておく。
ベランダと共用廊下は、事故とご近所の話として読む
「ベランダでの飼育は禁止」「共用廊下はケージに入れるか、抱きかかえて移動すること」。
この二行を、私は事故の話として読む。ベランダに出られる窓を開ける季節、網戸だけでは猫は破って出てしまう。脱走防止の柵やネットを付けたいと思ったとき、穴を開ける工事ができるかどうかは、原状回復の条項とつながってくる。突っ張り式なら跡が残りにくい、という程度の話で、これも契約書の書き方次第だ。
共用廊下は、ゴミ出し、宅配、来客のたびに通る場所だ。玄関を開けた瞬間に猫がすり抜けないか、そのために玄関に柵を置くか。エレベーターで他の住民と乗り合わせたとき、鳴き声がどう響くか。キャリーのサイズが体格に合っているか。引っ越しの日にどう運ぶか。条項の一行が、家の中の動線をいくつも書き換える。
「ペット可」の表示と条文が食い違うことがある
広告に「ペット可」と書いてあり、担当者も「猫なら大丈夫です」と言った。それでも、契約書の特約欄に「小型犬のみ」と書かれている、ということは起こりうる。口頭の説明と書面が食い違ったとき、あとに残るのは書面のほうだ。
だから私は、申し込みを決める前に、契約書案の該当部分を読ませてもらう。重要事項説明の場では、ペットの条項がどこにあるかを指してもらい、その場でメモする。担当者の名前と日付も書いておく。
もう一つ、見落としやすい場所がある。オーナーが所有するマンションの一室を借りる場合、建物の管理規約のほうに動物の扱いが書かれていることがある。契約書にペットの条項が見当たらないのに、管理規約で不可、という物件は珍しくない。契約書だけを見て安心しないことだ。
私がやっている順番
最後に、実際の手順を書いておく。契約書の束を開いたら、まず特約と別紙を探し、ペットの条項に付箋を貼る。種類、頭数、体重、手術とワクチン、費用、ベランダと共用部、原状回復。この七つを、条項の順番どおりに、自分の生活の一場面に置き換えながら読む。体重の上限があれば、いま測った体重と成猫時の見込みを書き込む。費用は入居時と退去時に分けて、電卓で合計する。分からなかった言葉には印を付けておき、内見か重要事項説明のときにまとめて聞く。聞いた答えは、日付と担当者名と一緒に、契約書の余白か別のノートに書く。
テーブルに戻ると、猫はまだページの端に前足を乗せていた。爪の跡がついた紙は、契約書としては少し困る。けれど、その爪の跡をめぐって何が起きるかを先に読んでおくのが、この作業の目的だ。かかる時間は、だいたい1時間。その1時間で、この先10年以上続く暮らしの前提が決まる。